四季一筆

徒然に。

如月十六日、影に驚く

ある日、台所で流しに向かっていると、視界の端が暗くなった。一瞬のことで、外の明るさを反映している食堂の壁に、外の影が通り過ぎたらしい。小型の飛行機かヘリかと思ったが、音はしなかった。
 
◇ ◇
 
冬になると太陽高度が低くなり、窓から陽光が射し込む。おかげで、日中は暖房が要らないくらいに、部屋の中が暖かくなることが少なくない。二重ガラスではないから、日が家並みに隠れてしまうと途端に室温が下がってしまうのだが。
 
居間のソファに座っていると、床にさしている日差しを黒い影が横切る。ヒヨドリがけたたましく啼いて窓の外を横切った。二、三羽いるらしい。床を通り過ぎた影を思い出してみると、翼を広げたヒヨドリというのは結構に大きい。
 
田舎の実家では毎冬に何羽も訪れては、キンカンの実をついばんだり、ツバキの花を落としたりしていたようだが、この東京の、家ばかり建て込んでいるところでは、何を悪さしているのだろうか。
 
◇ ◇
 
先日、カミサンが「オナガがいたよ」と。
 
背中が薄青くて尾っぽが長く、お腹はぼんやりと灰色で、全体に上品な色合いなので、首の白いスカーフと頭の黒い半キャップがハイカラに目立って、一度見たら忘れない鳥だ。私が生まれ育った田舎では見たことがなくて、大学に進んで別の田舎で暮らすようになった最初の日に、初めて見た。
 
東京にはいないと思っていたのだが、勢力範囲を広げたのだろうか。
 
◇ ◇
 
大学のあった田舎では下宿のアパートの前に芝の畑が広がっていて、朝にはキジがよく啼いていた。ああ、本当にケーン、と鳴くんだな、と寝床で聴きながら朝寝坊していた。
 
その芝畑も造成されて、無闇に小奇麗な戸建ての住宅地に変わっているのを知ったのは最近のこと。町には広い真っ直ぐな道がいくつも新しく出来ていた。勝手に道、作るなよ、とか思う。
 
車を借りて久しぶりにキャンパス内を走ってみると、学内の並木は巨木となり、あまりにも大きく育ちすぎた所為なのか、上のほうが軒並み切り払われていた。
 
◇ ◇
 
ヒヨドリ留鳥で、夏でも声を聞いたり姿を見たりすることはあるのだが、冬ほどの存在感ではない。夏になって個体数が減っているわけでもなかろうに。
 
冬の間、寒がって屋外に出ることが極端に減る私が、けれども意識は外に出たがって窓ガラスの向こうに注意をむけるので、傍若無人に鳴き交わしたり飛び回ったりしているヒヨドリに気づきやすいのだろうか。
 
春分が近づいて太陽高度が高くなると、日射しが部屋に差し込まなくなる。すると、空を行き交う影にも気づかなくなるのだろう。