四季一筆

徒然に。

卯月一日、もうひとつの始まり

図書館へ、予約した本を借りに行く途中、近所の大学の新入学生の一団と出会った。大学の玄関前に集まった黒服の親子の集団で、ああそうか、きょうは入学式かと気づいた。4月1日か。学生生活から随分と離れていたので、大学の入学式なんてピンとこなかったけど、きょうはそういう日なんですね。
 
自転車でその前を通り過ぎていくとき、前をゆく蕎麦屋の出前の古ぼけたスーパーカブが、舞い散る桜の花びらを巻き上げて、それはそれで風情だった。
 
◇ ◇
 
「一年の計は元旦にあり」とはいうけれども、年度の始まりである4月1日も年度の元旦のようなもので、だから、三ヶ月前の正月に“今年の目標”なんて立ててしまって不自由している人も、年度の始まりを口実に計画を立て直すとかなんとか、そういうやり直しのきっかけに出来るということで、丁度よいのではないかな。
 
さて、今年度はどんな一年にしようか、と。
 
◇ ◇
 
「ドッグ・イヤー」とか「マウス・イヤー」だなんて言われて久しいが、経営的には3ヶ月毎の四半期とか、月ごとの予算だとか、週単位での成果目標だとかが重要で、年間計画なんて殆ど意味を成さなくなってきている気がする。環境条件が常に変化しているからだ。いまだに年度初めに社員一人ひとりが面接を受けて、「今年の私の成果目標は……」なんてレポートを提出しなきゃいけないなんて莫迦らしいことやってるトコもあるみたいだけど。

企業の立ち位置がはっきりしていれば、そんな小手先のポーズなんて必要ないんだよ。ひどいところになると「経営理念は君たち社員が決めてください」なんてとんでもない事を平気で公言する経営者もいるそうだ。閑話休題
 


大辞林 第三版の解説
ドッグイヤー【dog year】
 
情報技術分野における革新のスピードを表す概念。通常七年で変化するような出来事が一年で変化すると考える。 〔人間の七年が犬の一年に相当することから〕
 
そもそも、「一年の計」というのは「四計」(しけい)のひとつで、「四計」とは、日、年、一生、一家の4つの単位で考えられている。随分と気の長いことだなぁ、と思う。
 
既にうちの場合なんて「家」という概念が崩壊していて、ご先祖様については自分の祖父母の顔をなんとなく憶えているかなどうかな、という程度。一家の出自や由来とか、そんなのが全くの不明のまま私の両親は他界している。本人たちも、長男家だったくせに、そういうことは無頓着だったように思われる。長男なのに、田舎の家を飛び出して何十年、ロクに里帰りもしないような状態だったから。
 
まあ、そのぶん私にとって「一家の計」というやつが無いので、身軽といえば身軽なんだろうけど。
 
◇ ◇
 
取り敢えず、きょうは4月1日。あれこれ仕切り直すのにいい日です。