四季一筆

徒然に。

皐月二十日、休日なのに人がいる

用事で有楽町まで行ってきた。吹く風には少し肌寒さを感じるけど、青空と白い雲が新海誠的でまぶしかった。
 
千代田線の二重橋駅で降りて、有楽町まで歩いた。休日の丸の内なんて本当に久しぶり。大きく育った並木の緑の繁り具合に驚いたし、何よりもたくさんの人が歩いているということにびっくりした。30年前なんて、休日の丸の内なんて誰もいなかったぞ。あまりにも人がいなさすぎて、道路でロケ撮影しても何も問題ないくらい空虚だった。
 
▼24.人も街も骨休め!? ―日曜日の丸の内オフィス街― | 「東京人」観察学会 | 写真と映像で語る:「東京」の社会学 | 後藤範章 研究室(日本大学文理学部社会学科)
http://n510.com/project/syasin_de_kataru_project/seika/1995nenn/1995_24.html
 
◇ ◇
 
用事を済ませて帰る時、カミサンが“エシレ”で買いたいものがある、というので付き合った。場所は丸の内ブリックスクエアとかいうオシャレなビル。手前に赤レンガの威容がそびえているので「あれ、なに」と息子が指差す。カミサンは「あらー、ルドン、きょうまでだったんだ」と赤レンガの前の立て看板で残念がっている。三菱一号館美術館だ。
 
私と言えば、休日の丸の内の変貌ぶりにびっくりして、ただカミサンにくっついていくだけだ。「あ、ここ人が出入りしてるから、入れるよ」と促されて行った先は黒っぽい建物に囲まれた緑がたっぷりの中庭で、丸い大きな水盤のような噴水池がある。
 
その縁の石組みに座って、噴水の吹き上がる水の高さは何によって決まるのか、なんて話を息子がしていると、あっという間にカミサンが戻ってきた。お目当ての品物は売り切れだそうで、開店前から並ばないと手に入らないらしい、とか。おととい来やがれ、ってやつか、と笑っていた。
 
◇ ◇
 
このまま帰るというのも色気がない。この辺にソフトクリームとかないの? 「食べてる人がいたから、どこかにあるはず」とカミサン。
 
最近の息子はときどきカカトに成長痛が出ることがあって、きょうも少々怪しい雲行きだったので、アイスはカミサンに頼んで、再び噴水の縁に腰掛けて脳の大きさと恐怖、そして好奇心について、スズメとカラスの違いを例に息子と議論をしていた。
 

 
◇ ◇
 
それにしても、丸の内だぜ? こんなに居心地のいい、水と植物のある、そして人が和んでいる空間があるなんて、本当にびっくり。いつの間にこんなもんができたんだろう、確かに新聞とかニュースとかで読んだり聞いたりしていたし、経済ネタとして丸の内の再開発についていろいろ読んだりしていたけど、実際に自分が身をおいてみると、この変化は質的な、何か根本的なものが変わってしまった結果なんだろうという気がした。
 
もし、1970年代の高度経済成長期のように、日本経済の勢いが未だ衰えることなく邁進、驀進していたとしたら、日本の経済の中心地にこんな居心地の良い場所なんて現れなかったのではないか。
 
もしかして、バブル崩壊とかリーマンショックとかの“意気消沈”ぶりが、その直前であるバブル崩壊前に渦巻いていたハチャメチャな渋谷界隈の居心地の好さという、ある意味ちょっと勘違いしていた“ワガママ”を呼び込んで、その剣呑だった自己主張をうまい具合にビジネス転換させたところに、計画的な居心地の良さを作り出すのに成功したんじゃないか、なんて考えていたら、カミサンがアイスを三つ持って戻ってきた。見るとお上品なやつで、カップの中のアイスの上にはチョコの板には「CACAO SAMPAKA」とある。ほんのりと洋酒の香り。
 
息子は、ワッフル模様のコーンに入ったチョコアイスをむしゃむしゃと食べている。えーと、カミサンに値段を訊き忘れたんだけど、いま思うと、訊かなくてよかったのかもなぁ、て……。
 
スズメが一羽、何か落とさないかな、おい、落とせよ、よこせってば、という顔で、すぐそばまでやってきていた。
 
◇ ◇
 
帰宅してみると頭痛がして全身がだるくて、一体どうしたんだろうという倦怠感。まるでインフルエンザが発症したんじゃないかという具合。だがその後、風呂から上がる頃にはすっかり治まっていたので、ああ、あまりにもまぶしかったからだな、と思い至った。
 
そして、初夏の日射しの強さ以上に、30年という時間の流れを、まるで脱進機が壊れて一気にゼンマイがほどけてしまったように振り返ったおかげで、頭がクラクラしてしまったんだろうと思う。