四季一筆

徒然に。

皐月十七日、冷房(クーラー)

ここ数日の暑さで、とうとう冷房を回し始めた。部屋の中はいろいろと熱源になる機器類があって、外が快適な温度でも部屋の中は暑くなりやすい。
 
思えば、空調を使わないなんて春と秋のそれぞれ十日間くらいしかなくて、それ以外は夏側は冷房、冬側は暖房をずっと回している。自動運転なので面倒はないのだけど、二十年くらい前は、もっと窓を開けて外気を部屋の中に流していたと思う。
 
季節が冬と夏に二極化して、春や秋といった「よい気候」といった時季がなくなってきて、コントラストのはっきりとした気候になりつつあるのか、それとも単に私やカミサンが齢をとって気温の変化がシンドくなってきたのか……。
 
◇ ◇
 
高校生の頃に、渡部昇一氏の『知的生活の方法』を読んだ。その中に「クーラーの効用」というのがあった。1976年の本だから、当時の日本ではまだまだクーラーとかエアコンとかは普及途上で贅沢品だったと思う。
 

ともあれ、クーラーによって、日本の建築の既成概念は根本からひっくり返っていることだけは知っておいてよいし、クーラーをまだ付けていなくて、しかも知的作業をしようとしている人は、一年につき三カ月、寿命を短くしているに等しいと言ってよいであろう。学生もオートバイや自動車を買うカネがあったら、クーラーを買った方がよい。
 
(『知的生活の方法』渡部昇一講談社現代新書、1976)
 
これを読んで数年後、大学生のときにアルバイトでもらった最初の給料で、窓取り付け型の「クーラー」を買った。
 
◇ ◇
 
いまでは当たり前にエアコンがついていて、というか、これがないと東京の夏では命の危険があるくらいの必需品となっているけど、ほんとに一体いつからこんな便利だけれども怖ろしい世界になってしまったんだろう。
 
まあしかし、渡部氏が書いていることが予言として成就しているのは確かだ。一年中、エアコンで快適に調整された室内で過ごしているので、炎暑の夏でも不必要に体力を使わず無闇に疲れたり、ひどい風邪をひいたりすることがなくなっている。自宅で仕事をするようになったからだけど。
 
健康状態は良くなったとしても悪くはならなかった。疲労しないから体力が落ちないのだろうと推測している。
 
(前掲)
 
◇ ◇
 
去年、一昨年と窓の外の“緑のカーテン”(ゴーヤ棚)を作らなかったが、今年は作れるかな。